開業医師インタビュー

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加藤佳幸院長 田中郁夫院長

加藤佳幸院長 かとう内科クリニック(地下鉄成増/成増)

東京メトロ有楽町線・地下鉄成増駅そば、川越街道沿いに位置する「かとう内科クリニック」。甲状腺・糖尿病治療に特化しつつ、一般内科診療も行い、街の頼れるドクターとして地域住民から親しまれている存在です。開業から間もなく10年。開業医としてのモットーや、これから開業される方へのアドバイスを伺いました。

27歳で医学の道へ――開業への道筋

――これまでの経歴を教えてください。
私の出身は富山県。生まれ育った町は開業医がほとんどいない田舎でした。地元で医者にかかるというと、民家のような構えのご自宅で、看護師である奥様と二人三脚で診療されているような、そういったお医者さんにお世話になっていました。昔ながらの素朴な医療ですね。
医者になりたいという想いは学生時代から抱いていましたが、他の世界も見てみたいという考えから、大学卒業後は商社へ就職。中国方面に強い会社で、2年ほど現地に駐在しておりました。4年間の勤務を経て大学の医学部へ入学。この時、すでに27歳になっており、まわりの学生より歳を重ねていましたので、開業のビジョンは持っていました。当時から熱心に研究していたのは、現在に至るまで私の医療の核となっている「甲状腺」です。
子どもが生まれた関係で、卒業後は妻の実家がある成増に移りました。時を同じくして勤め始めた大学病院を選んだ理由は、甲状腺疾患の研究室に入りたいという想いからです。こちらで5年ほど勤めた後、いよいよ開業に向けて準備段階へ入ることになります。

――開業にあたり苦労したことはありますか。
今でこそ「甲状腺」という単語がTVや新聞でも頻繁に聞かれるようになりましたが、世間一般においてはまだまだ認知の低い存在。しかし、私が開業に向けて念頭に置いていたのは、それまで研究してきた甲状腺に特化した医院をつくるということでした。当時、甲状腺に特化した街の医院は全国的に少なく、板橋区ではゼロ。患者様は大学病院に集中している状態でした。地方から飛行機に乗って、有名医院に治療に来る患者様もいたほどです。
資金もない、甲状腺も認知されていないという状態で、多くのコンサルティング会社に断られ心が折れそうになったこともありましたが、そんな中で前向きに考えていただいたのが平野さん(株式会社グランデュール代表取締役)さん。「甲状腺治療だけでは認知されにくいので、糖尿病と一般内科の診療も加えましょう」など提案していただき綿密な打ち合わせを重ねながら、少しずつ前進していきました。
アルバイトをしながら資金を貯めつつ、休日を利用して物件探しをする毎日。当初から川越街道沿いの立地で開業を考えていたので、川越~池袋間を一駅ずつ下車し、不動産業者を巡りながらよい物件がないか探し回りました。開業した地下鉄成増駅前の物件はまさに理想の立地で、ここに開業できたことには非常に感謝しています。しかし、決定に至るまでには紆余曲折がありました。

地域の方にとって、立ち寄りやすい雰囲気づくりを

――現在の場所で開業することになった経緯は?
この物件を紹介いただいたのは、物件探しを始めてから半年ほど経った時のこと。以前、成増の不動産業者の方に物件を探している旨をお話ししており、空きが出たタイミングでお知らせいただいたのです。すでにいくつか候補物件をリストアップし、設計担当の方とも打ち合わせをしていたのですが、妻の実家がある成増で、しかも川越街道沿いの物件。二つ返事でお願いしました。

――内装にはかなりこだわったそうですね。
設計で大切にしたのは、患者様がスムーズに動ける動線を意識すること。すでに埼玉で開業している先輩がいたので内覧をさせていただき、検査の流れなど、実際の物件に照らし合わせて検討しました。また、地元の方にとって身近で、いつでも来ていただけるような雰囲気づくりにも力を入れました。
親しみやすい森のイメージを参考にテーマカラーを決め、内装は緑・茶系で統一。交通量の多い川越街道沿いではありますが、院内に一度入ればクラシックが流れ、落ち着ける環境に整えています。シンボルとなっているフクロウのキャラクターは、私のスケッチを元にして、デザイナーさんに描き起こしていただいたものです。院内はできるだけ角を取り、柔らかさのある円形部分を強調。必要物品は資金の関係もあり、最初はネットなどでリーズナブルに揃えましたが、患者様が座るソファはこだわり、本革を使用したハンドメイドのものにしました。単価的にはこれが一番高かったですね。

商社マン時代の経験を生かし、働いている方もかかりやすい医院にすべく、土日も診療。退社後に通院できるよう19時まで診療を受け付ける曜日も設けました。これらは看板でもアピールしています。そして大学病院を辞めて1年半後の9月、無事開業する運びとなりました。

これから開業される方へのアドバイス

――開業前に気を付けるべきポイントはありますか。
開業するにあたり、私が先輩からいただいたアドバイスは、「開業すると『寝るか、働くか』というぐらい忙しい毎日が続くので、医学書を一通り読み直して勉強しておくように」ということ。これは本当にその通りで、準備期間中に改めて学び直す機会を設けられたのはよかったと思っています。
私の実感として今思うのは、もう一部屋余分なスペースがあれば、後々余裕を持てたということ。この医院は40坪ほどの敷地で、準備段階では必要十分だと感じていましたが、いざ運営してみて、応接室や、スタッフとのミーティングができる会議室があればより使い勝手がよかったなと感じています。また、カルテを保管するスペースはどんな医院においても課題となるでしょう。一般的に年間で800~1,000冊のカルテが増えると言われていますが、当院では最初の1年でなんと2,000冊を超えてしまいました。保管義務がありますので次第にスペースの確保が追い付かなくなり、数年後に拡張工事を行うことで対応しました。これから開業される方には、状況によるとは思いますが、先を見越して余分なスペースを確保しておくことをオススメします。
実務的な面では、トラブルへの対処法をあらかじめシミュレーションしておくのに越したことはありません。エコー、心電図、レントゲンなど様々な機器を導入することになると思いますが、これらの機器間の連動性を意識して、導入を進めるとよいでしょう。それぞれ違うメーカーのもので揃えてしまうと、トラブルが起こった際に復旧するまで時間を要することが予想されますので、当院では1社に統一しています。

――読者へのメッセージをお願いします。
近年、医療モールの乱立が起きており、その一方で無医村地域があるなど、医療業界も曲がり角に来ている印象を受けます。都市部に住まわれる方にとって、医者を選ぶ選択肢が増えることはよい面もありますが、医者側から見て患者様の奪い合いのような状況になれば、相対的な医療の質の低下につながりかねません。
そんな中、これから開業を目指される方に問いたいのは、「自分の専門分野を持っていますか?」ということです。これからは患者様が専門医を選んで治療に訪れる傾向が、より顕著になってくるでしょう。事実、当院でも甲状腺疾患の患者様が増え続けています。
また時折、開業から数年たったお医者様から「仕事がマンネリ化してきた」というような話を聞くことがありますが、それでは医者・患者双方が不幸になってしまいます。自分自身の専門性を見定め、医院のコンセプトをしっかり持つことが、長くモチベーションを保つことにつながるのではないでしょうか。

私にとっての理想のお医者様は、幼少の頃に見た田舎の先生です。素朴な医療を都会で行うのは時間的な制約などから難しい部分もありますが、可能な限り患者様に寄り添いながら、安心と信頼を与えられる医者としてこれからも頑張っていければと思います。

田中郁夫院長 中妻クリニック(北上尾)

埼玉県内人口ランキングでベスト10に名を連ね、首都圏有数のベッドタウンとして知られる上尾市。ここに、地域住民から厚い信頼を集める『中妻クリニック』があります。身体に変調をきたした時、最初にかかる総合臨床医は、市民にとって一番頼れる存在。「家庭医」としての役割を日々全うする、院長の田中ドクターに、開業に至るまでの道のりとこれから開業される方へのアドバイスを伺いました。

“鎧を脱いで”患者と向き合う

――これまでの経歴を教えてください。
医学の道に夢を抱いたのは中学生の頃です。その後進学した防衛医科大学校では、陸・海・空とある中の航空自衛隊に所属したのですが、各部隊に1名しか医者がいないという環境でしたので、オールマイティに何でも診なければならないというハードな毎日を送っていました。そんな状況の中、すべての科を研修し、最終的に配属となったのが救急部。後に埼玉県内の救急病院でも10年ほど勤め、それから開業したのがこの『中妻クリニック』になります。
防衛医科大学校、民間病院、開業…と環境を移してきたこの流れを一言で表せば、それは“鎧を脱いでいく”感覚。大きな病院にいれば、万全の環境が整っており、その中で適切な診療・処置をすることができますが、『中妻クリニック』に置いてあるのはレントゲン、心電図、超音波検査の機器程度で、最低限のものしか揃っていません。こういった限られた環境で診療を行うのは、まるで素手で戦うようなイメージで、私の仕事に対するやりがいの一部ともなっています。

――勤務医と開業医との違いはありましたか。
一番大きく変化を感じているのは、患者様との距離感が明らかに違うということです。大学や有名病院の看板を背負って仕事をしていれば、有名企業の社長さんや政治家など、地位や名誉のある方から一般の方まで、誰でも素直に言うことを聞いてくれます。ただ、内心は若く経験の浅い医師にあれこれと言われることに、不満を感じた方もいたでしょう。診察室では、私と患者様という1対1の関係以外に、何らかの力が入り込んでいたように思います。開業医となった今は“鎧を脱いで”、以前よりフェアな立場で患者様と接することができ、率直な意見・質問をぶつけてもらえる環境があります。納得のいく医療の形は人それぞれあると思いますが、私の場合はこの環境を大切に、日々診療を続けています。
私の目標は、地域の方にとって相談しやすい医師であるということ。基本的にマスクをせずに患者様と接しているのは、表情を見せながらフランクに向き合いたいという想いからです。近年白衣を着ない先生が増えているのも、こういった発想からではないでしょうか。

現実を見ながら状況を整える

――開業場所はどのように決めていったのですか。
開業を意識してから実行に移すまでの期間は約1年半程度で、それほど綿密に準備をする期間があったわけではありませんでした。このような状況から、ある程度の助走期間があった方が良いと判断し、繁忙期を避けた8月に開業。立地は駅前ではなく住宅街の中ですので、ゆっくりとした立ち上がりでした。
開業の際に重視したのは、日中に人の往来がある土地かどうかという点と、初期費用です。3ヶ所程度ピックアップした中から選んだのは、人の集まりやすい公園に隣接する土地でした。自分で土地を購入せずオーナーさんの費用で建てていただき、そこを借りるという「建て貸し」でしたので、初期費用も大分抑えられたことが、結果的にスピーディーな開業につながったと思います。

――開業後、気付いた点や意識した点について教えてください。
院内のレイアウトなどは、建設会社からの提案に意見を入れていく形で決めていきました。開業後になって「玄関の扉は二重の方がよかった」「レントゲン室までの動線が悪い」など気が付くことも多々ありましたが、改善できる部分は後からでも改善できますし、理想を挙げていけばキリがありません。そのあたりはコストと現状のバランスを見て、自分の中で線引きをしています。
また、開業するにあたり「経営」という観点で物事を考える必要が出てきましたので、最初の段階で私以外のスタッフは、午前中勤務の看護師1名のみという形でスタートしました。患者様が増え、経営が軌道に乗るにつれスタッフを拡充し、現在では10名ほどに。お金をもらう立場だった勤務医時代と、お金を払う立場で医院を運営していく開業医では、違う考え方が必要だというのも実感としてありますね。

これから開業される方へのアドバイス

――開業にあたり、注意すべきポイントはありますか。
開業に際して一番重要なのは、自分の抱いている理想と現実を俯瞰的に把握して、落としどころをしっかり決めるということではないかと思います。例えば、自分のイメージしている医院が診療圏のニーズに合っているかどうか。いくら思い通りの立派な医院を開業できたとしても、すでに競合する医院が近くにあったり、人の流れが悪い土地であったりすれば、しなくてもいい苦労をすることになってしまうでしょう。金銭的な面に関しても同じで、欲しい医療機器を無理して揃えても、長期的な経営が立ち行かなければそれが失敗の原因につながりかねません。行いたいのは「経営」ではなく「医療」でしょうから、地域の中に溶け込める医院をイメージして開業するのが先決ではないでしょうか。

私の場合は一般内科・外科を診る総合臨床医として開業しており、医院の規模や専門性と照らし合わせて、自分で診るのはここまでというラインを設けています。患者様を紹介できる近隣の専門医とのネットワークが必要不可欠ですので、開業に際しては、地域の先生がたに挨拶に伺いました。信頼できる先生かどうか、やはり顔を合わせなければ分からない部分も多いと思いますので、視察がてら足を運ぶことをオススメします。患者様の力になりたいという気持ちは大切にすべきですが、あまり自分の中で患者様を抱え込まないように意識するのも、医院の健康度を保つ意味で重要になってくるでしょう。

――読者へのメッセージをお願いします。
地域に沿った医院を開業することができれば、自ずと勤務医時代より様々な患者様と接することになり、またコミュニケーションを取る機会も多く生まれます。街で会えば挨拶を交わす顔見知りの関係になりますし、年月を経て信頼関係が生まれれば、ご家族の相談までされることも。患者様とより深い関係を築けるのが開業医の魅力です。今まで培ってきた経験を生かし、地域の方の健康と明るい生活を守る一助となれるよう、頑張ってほしいですね。

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